鳥になりたい

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11日が成人式だったようだ。今年も荒れただの名物町長がどうこうしたの、でニュースがなんやかんや言っていた。
それをフーンと聞きながら自宅で作業。

 

私は成人式に行かなかった。行きたくなかった。当日親から「行かなくていいの?」なんて聞かれて「いいよ、あんなの」と返した覚えがある。行って何をするわけでもなく、ただ友だちと会って話すとか、そういうのも別になぁ…という気持ちがあったし、何より同級生とあわなきゃならないのがつらかった。

高3の時はクラスに馴染めなくて図書室に逃げてたくらいだから当然あまりいい思い出もない。どういうわけか男女関係なく「ウェーイ」な連中が集まるクラスだった。
ノリですべてが動いているように見えるクラスだったのは今でも覚えている。が、あくまでも主観だし、人によっては大きく見方が違っているのかもしれない。

 

まあね、流石に自分のことを「姫と呼べ」、なんていう子が実在するなんて思いもしなかったしね。

 

そんなクラスだったから、卒業式の日に「やっと解放される」なんて思った。それがなぜ成人式という集まりで再び顔を合わせなきゃならないのだ。どうせまたノリのいいやつらだけが盛り上がるイベントとかやるんだろ、てな具合で行かなかった。

そのせいかはわからないけど、同窓会にも呼ばれたことがない。Facebookなんかでは少しだけ様子が伝わってくるけれど、私には関係のないことだし、向こうにとってもこちらのことは眼中にないようだ。一度だけ幹事の子から「案内送るから住所教えてよ」という連絡はもらったけれど、「引っ越し先に落ち着いたら連絡するね」と逃げてしまった。それから特にこれといった連絡もないし、まぁ別にいいやと思ってる。

 

あれから10年以上経って、そういう部分がまだまだ子どもだなぁと自分で思う。成人式に出なかったからそういう「区切り」ができないまま来てしまったんだろうか。その点、成人式に出た新成人は立派だ。そのまま私のようにひねくれた人間にならないでほしいと思う(私が言うのはお門違いだということは重々承知)。